2020年04月08日

2020年の春に〜その1

親愛なる源のワケミタマの皆様

いつも大いなる宇宙の源の愛を分かち合わせていただき
本当にありがとうございます

今日またようやくブログを書くことが出来て
とても嬉しいです(*^_^*)ありがとうございます


前回のブログで「家族にとって大きな出来事がありました」
(このことは次回に書きたいと思います)と書いていたことですが、
先月の3月11日に誠君の父が源の世界に還られました。

誠君の父が昨年12月半ばに入院して以来、
医師の方々からは多発性脳梗塞のために意識が無い状態との説明
があり、一般的な病院での最大限のケアを受けていたのですが、
この3ヵ月弱の期間は、私達家族にとって、これまでの人生で
最大の意識の変容に取組ませて頂く貴重な時間となっていました。


3年程前に、誠君の父が脳梗塞の手術を受けられた後、
手足の動きが緩慢になって不自由を感じておられたのですが、
その頃から、私達がユニティハウスの実現に向けて取組んでいる
新しい時代の自然食のことやイセヒカリ天酒をさらに美と健康に
特化したシリーズの研究開発のことなどを少しずつお話していて
誠君の父母がこういったことを自然に受け入れてくださった時に
ぜひとも自然な心身の健康を許容可能にする喜びを
一緒に味わいたいと思っていました。

しかし、そこに至るまでに、年齢のことや生死のことなど、
人間の精神的な部分での大きな障壁、抵抗となっている
「信念」の問題が出てきていました。


高次元の教師集団であるエイブラハムによると、
「信念」とは、「考え続けられた思考」ということで
その「思考」は当然、変えることも出来るのですが、
これまでの世界の常識やTV等からの洗脳的な情報から
長い間に出来上がって強固になってしまった信念を
源の愛と繋がった新しい信念に置き換えるのに
「抵抗」が邪魔していることがありました。


誠君の父は、お仕事を引退されて以降、「年齢」のことや
「老い」のことをテーマに深く考え続けておられました。

誠君の父がよく大きな声で「老人」(まるで「老人」という人種が
あるかのように(^_^;))や「老い」についてお話になられていたので
私と誠君の間では、父の「老人問題のテーマ」と呼んでいました。

長い間ずっと、父はこの問題で深く悩み苦しまれていたのですが、
魂のレベルでは、父はこの老人問題のコントラストで悩む度に
『本当の望み』のロケットを打ち上げまくっておられたのです。


数秘術では“豊かな感性と表現力”の3ナンバーであられた
父の心と魂の奥底の本当の望みは、多分、

「生きる喜びをもっと感じたい」「ずっと明るく若々しく元気でいたい」
「生死の問題を超えて、心の平和と安心感に包まれて楽しく生きてゆきたい」
というようなことであられたかと思います。

誠君の父は、子供である誠君や私に
「後になって後悔しないように、やりたいことをやりなさい。」
とおっしゃってくださり、私には車の免許を取ることまで
応援して勧めて下さっていたのですが、父自身が悩まれていた
年齢や生死については、長い間の常識的な信念のために
これらの本当の望みを許容可能にする愛と希望の方向へと
流れに乗る(意識を向ける)ことが難しくなっておられました。


しかし、お父さんが昨年末に通常の顕在意識が無くなられた時、
お父さんが以前より重荷が無くなって波動が軽くなられて
新たな領域に入られたことを私は肌で感じ、本当にまさに
そのお蔭で、私も新しい領域に踏み出すことができました。

エイブラハムの物語本の「サラとソロモン」の中のお話で
サラがゾーイおばあさんという人に対する悲観的な観方を変えて
明るくて良い気分になっていったくだりがあるのですが、
私も、お父さんの状況に対する観方を変えて
(誰もが、源の分け御魂の偉大な創造者として生まれてきて
いますので、物質世界での人生と生死は、それぞれの魂の
尊い自由意志で行われていることを受け入れました)
これまでは感じたことがなかった新たな波動の領域の
純粋で透明で肯定的なエネルギーを感じ始めました。


そして、周囲や社会が言っていることではなく、
自分が本当に感じたことから行動する
(というか、波動で行う・・・という感じですが)
ということも新しい体験をさせていただきました。

そういうふうに観方を変え、意識が変わってゆくと、
だんだんと私自身のハートチャクラのあたりから
以前よりももっと魂の光があたたかな木漏れ日のように
もれ出てきているのが自分で感じられるようになりました。


そうすると、その私の魂の光を
誠君の父や母が感じてくださいました。

お見舞いに行った際には、誠君の父が
物理的には見えないと言われている目を大きく見開いて
私の魂の光を感じて見つめてくださり、そのお蔭で、私も
源の愛に包まれて至福の思いで父を見つめることが出来ました。


このように昨年からこの3月11日までの間、
誠君のお父さんのことでは本当に信じられないほどの
大いなる源の愛の恩恵をいただいておりましたが、
父が源に還られた際にはやはり人間的な感情がまた
とめどなく涙と共に沢山溢れ出てきました。

私は父に健康になって戴いてもう一度人生を謳歌して
頂きたかった(これも一種の執着なのですが)ので、
その手当てや手助けが間に合わなかった無念さが
こみあげてきました。


3月には親愛なるちこさんが温かい愛の御心をこめて
千羽鶴を折ってくださって贈ってくださって、
その千羽鶴を父のベッドの脇に飾らせて戴いていて
お葬式の際には御棺に入れさせて戴きました。

お通夜とお葬式は誠君が喪主で皆で協力して行い、
家族と親族の魂のグループ皆で父の魂にふれ合って
今この時を分かち合う心温かな集いの時になりました。


その後ずっと、誠君の母のフォローや沢山の手続きや
香典返しなどの所用を誠君と共に勤しんでおりましたが、
今日ようやくまたブログの続きを書き始めることができました。


本日はまだ「その1」ですが、
それではまたこの続きを書きたいと思います



posted by narumi at 23:58| Comment(0) | narumi | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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